中国農村Vloggerの源流をたどる:第一回『papi酱』
2019年に突如として注目されるようになった中国農村Vlogger。
李子柒と滇西小哥を筆頭に中国国内では数千万人、海外ファンがメインのYouTubeでも数百万人のフォロワーを獲得するようになっています。
中国ではこの動画ジャンルが『三农视频(三農動画)』と呼ばれていて、単にスローライフを発信する手段としてだけでなく、貧困農村の経済発展を促すエンジンとして政府や行政からも一目置かれています。
ではそもそもこの様な動画ジャンルに火がつく背景にどんな要因があったのでしょうか。 この問いを紐解いていくと2015年から2016年にかけて中国ネット界を席巻した一人のインフルエンサーにたどり着きます。
2015年当時、欧米では既にYouTubeセレブリティと呼ばれる人気配信者が存在していました。その一方で中国ではセレブリティ、のちにYoutuberと呼ばれるような配信者はほとんどいませんでした。
そんな中で2015年秋に動画投稿をスタートした女性が中国ソーシャルメディア、ひいては中国ネット界全体を席巻することになります。
papi酱(パピちゃん)上海出身で本名は姜逸磊。2005年中央戏剧学院監督科入学。卒業後はネット番組の司会やテレビ番組の助監督などを務めていた経歴を持っています。
彼女の投稿動画の中でも代表作と言われているのがこちらの作品です。
『台湾人の話す中国東北方言』
台湾と中国大陸(特に北京を含む北方)は同じ中国語でも発音が決定的に違います。
台湾人の発音と中国東北方言という一見相容れない言語をデフォルメして話してみせることで独特のユーモアを生み出しています。
『男性の生存法則』
「何でもないよ」とガールフレンドが言った時、本当は彼女が心の中で何を考えているのか。男はその言葉を真に受けてはいけない!というメッセージをひたすら感情をこめて演じてみせるシリーズです。
男女の感じ方・考え方の違いを鋭く、時に皮肉たっぷりに切る視点は、この後に投稿されていった動画のテイストを決定づけるものともなりました。
2015年秋から動画投稿を始めて一年で各種SNSや動画プラットフォームで獲得したフォロワーは4400万人にまで膨れ上がります。 さらに彼女がたった一人で脚本・撮影・編集を務めるスタイルは、企業や投資家たちの注目を集めるようになります。
2016年3月には4つの投資ファンドが共同でpapi酱が代表を務める会社に1200万元(※2020年のレートで1億9千万円)の投資を決定。このときに獲得した資金を元に動画コンテンツ製作者を支援するマネジメント事務所『PapiTube』を設立します。その後この会社はコスメ・旅行・グルメ・エンターテインメントに特化した配信者を有するMCN(マルチチャンネルネットワーク)へと成長していくのです。
爆発的な人気と潤沢な資金を獲得したPapi酱ですが、のちに思わぬ障壁に直面することになります。中国ネット界ならでわの「検閲」問題です。 2016年4月、中国の放送やテレビを監督する機関から彼女の動画の中に登場する汚い言葉遣いをやめるよう指導されてしまいます。皮肉たっぷりのユーモアが売りだった彼女のスタイルが裏目に出てしまったのです。その結果、彼女の初期の作品が中国ネット界から削除されることになってしまいました。(※YouTubeなど海外の動画サイトに転載されています)
しかし彼女の人気は伸び続け、papi酱の広告出演権がオークションで競売にかけられた際には2200万元(※2020年のレートで3億4千万円)という破格の値が付くことになるのです。
これが2015年から2016年の間に起きた中国ネット界における大きな転換点でした。 この前段階として2010年代初頭から半ばにかけて中国全土に高速モバイル通信が広がり、多くの人がスマートフォンやタブレットでの視聴環境が整っていたことも重要なポイントです。
papi酱がインフルエンサーとして絶大な人気を獲得していた2016年。四川省と雲南省の小さな村で動画配信をスタートさせた二人の女性がいます。
その二人こそが李子柒と滇西小哥だったのです。
滇西小哥は自身の動画やインタビューの中でpapi酱の活躍を見て動画制作を始めたと語っています。(滇西小哥は2017年にPapiTubeの傘下に加わっています)
2016年はちょうどpapi酱が人気なった一年でした。papi酱の動画を見て、別の方法で農村の特色あるモノを表現できると思いました。それでショートビデオ(短视频)の製作を始めたんです。―滇西小哥のGoldthreadインタビュー動画より
李子柒は2016年3月より当時自分で運営していたネットショップの宣伝のために動画投稿を始めたことが知られています。
2015年の年末から(動画制作の)研究を始め、2016年3月に最初の動画を撮影しました。―新華社による李子柒へのインタビューより(2020年1月28日公開)
都会に住んでいる頃、淘宝(タオバオ)でお店を開いていました。普段から弟が『美拍(中国の動画アプリ)』で遊んでいて、彼が商品の動画を撮影して色んな方法で製品を展示ようにアドバイスしてくれました。ー中国妇女2020年1月号 李子柒インタビュー記事より
このように今をときめく中国農村Vloggerたちが動画製作を始めた背景にはpapi酱の影響が見て取れるのです。
papi酱の公式YouTubeチャンネル:
参考記事: