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中国農村Vloggerの源流をたどる:第二回『舌尖上的中国』

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李子柒や滇西小哥が生まれるきっかけとなったかもしれない出来事を振り返るシリーズの第二回。

今回は2012年に中国中央電視台で放送され続編も制作されたドキュメンタリー番組『舌尖上的中国(英題:A BITE OF CHINA)』に注目します。

 

第1シーズンは全7話で構成されています。(各話が約50分)

ドキュメンタリーの舞台は中国全土。

中国各地に暮らす人々が何を育て、何を作り、何を食べているのか。

7つのテーマに基づいて美しい映像に心地よい音楽とナレーターの語りが加わります。

 

一見すると普通のドキュメンタリーなのですが、実はこの作品こそが「2010年代に中国にドキュメンタリーというジャンルを確立した」と言われる傑作なのです。

 

最初に放送されたのは夜10:35から11:25分という何とも中途半端な時間だったにも関わらず、その魅力的な美食の数々がネットを中心に注目が集めることになります。中国ウォッチャーの方であれば、当時大きな社会現象となったことを覚えている方も少なくないでしょう。

 

なぜ『舌尖上的中国』が大きな注目を集めたのでしょうか。

 

その理由にまず挙げられるのは『舌尖上的中国』が中国で初めての高画質で撮影されたドキュメンタリー作品であったという点です。高画質で撮影された中国の美しい自然と、そこで育まれる農作物。それが収穫され人の手を経て家族の食卓に上るまでをテンポよくかつ丁寧に描いています。

 

さらに注目できるのは第1シーズンは"スローフード運動"の創始者カルロ・ペトローニの影響があるとされています。彼の著作からインスピレーションを受けてテーマが設定されていったといわれています。直接スローフードに言及することはありませんが、映し出される食卓には明らかにそのコンセプトが投影されています。

振り返ってみると2000年代後半から2010年代前半は、中国の内外で「中国の食」の安全性が根幹から揺らいだ時期と重なります。地沟油(排水溝の油を生成した食用油)や瘦肉精(家畜の赤身の成長を異常に促す禁止薬剤)という聞いただけでもぞっとするようなフレーズがニュースを賑わせている頃。自然が育んだ伝統的な料理の映像が多くの人の共感を得たのは想像に難くありません。

 

もうひとつ押さえておきたいポイントが第一シーズンの第6話に登場します。

料理学校の教師を務める母親と撮影現場のメイク係を務める娘の関係性を描いたシーンでこんなナレーションが流れます。

(31:44から再生)

当今的中国每座城市看上去都很相似,城市之间能被用来区分的似乎只有饮食习惯和迷茫在街市上的气味了

今では中国の各都市はどれも見た目が似ています。都市の違いを区別するのは飲食の習慣と街に漂う香りだけです。 

 2010年代初頭の中国不動産バブルと乱立するマンション。街の風景が急速に均一化していった時期。慌ただしい一日の終わりにテレビをつけると中国各地の美食が映し出される。

こんなシーンを想像してみるとこの番組が人気になった理由を理解できるような気がます。

テイストは違いますがテレビ東京系列で放送されたドラマ『孤独のグルメ』や『深夜食堂』が人気になったのとよく似ているような気がします。

(※ドラマ『深夜食堂』は後に中国で絶大な人気を得るようになり中国版リメイクが制作されます)

 

今のところ李子柒や滇西小哥が『舌尖上的中国』に影響されたと断言できません。

でも2015年から2016年にかけてpapi酱が注目を集めていた頃に、彼女たちが選んだのが"食"というテーマだったのは偶然とは言い切れないような気もします。

李子柒や滇西小哥の初期の動画を見ているとその影響が垣間見えるのではないでしょうか。

動画制作の素人が料理動画の製作を始めたならば既存の作品を参考にするのは自然な流れです。

そして彼女たちにとって『舌尖上的中国』は絶好の教材だったのではないだろうか?

今回はこの仮説で記事を締めくくりたいと思います。

参考記事:

zh.wikipedia.org

media.people.com.cn