ガラパゴスの蛙

ネットに漂うあれこれ

紛争調停の英雄 セルジオ・デメロの生涯を追ったドキュメンタリー『SERGIO』

2018818日、コフィ―・アナン死去のニュースが世界中を駆け巡った。アナンと言えば国連事務総長。彼がその椅子に座っていたころ、小中学生だった私はそのように覚えていた。

 

歴史に"たら・れば”は禁物だが、コフィ―・アナンの次にそのポストに就くはずだった人物がいる。名前はセルジオ・デメロ。この「セルジオ」という題のドキュメンタリーは、彼の生涯を追ったものだ。

 

映画はセルジオ本人による自己紹介から始まる。国連の彼のオフィスで撮影された映像。職員に向けたビデオメッセージだ。

 

経歴は華々しい。ブラジルはリオデジャネイロ生まれ。ソルボンヌ大学を卒業後、ジュネーブに本部を置く、国連難民高等弁務官事務所で働き始める。東パキスタンキプロス、南米、ボスニアレバノンカンボジアコソボ東ティモールと、世界を股にかけ活動する。

 

調停における交渉力もさることながら、国連職員のファーストネームすべてを覚えていたというエピソードから、その並外れた人間力がうかがえる。白髪に人懐こい笑顔と浅黒く日焼けした肌が、外交官というよりも往年の映画スターを彷彿とさせる。

 

このドキュメンタリーにはナレーションが一切ない。セルジオを取り巻く人々のインタビューによって構成されている。トニー・ブレアコンドリーザ・ライスといった政治家や、国連の同僚、そして交際していた二人の女性たち。

 

冒頭に、国連事務総長に‟就くはずだった”と述べたのは彼が亡くなっているからだ。映画の早い段階で、セルジオイラクでの活動中に国連のオフィスで爆弾テロに遭ったことが明かされる。記者会見の途中での爆発。突然の暗闇。電気がつくとそこは血と埃の惨劇。実際の記録映像だからこそ、画に迫力があって息をのむ。

 

なんだ。死んでしまったのか、と肩透かしをくらった気分になるが、ここから映画は時間をさかのぼっていく。カンボジアでの難民支援や東ティモールでの新政府の建設における彼の手腕が語られていく。

 

セルジオは若くして結婚し二人の息子もいる。しかし東ティモールで出会ったアルゼンチン人の同僚carolina larrieraと交際を始め、将来を約束する仲になる。インタビューの中では二人の出会い、交際に至るまでの過程が本人によって語られる。美しい思い出を回想している笑顔が、のちに涙に替わっていくのが何とも痛々しい。

 

物語が進んでいくにつれ、セルジオの救出にあたった軍関係者による証言が増え、緊迫感が高まっていく。

 

決定的なインタビュー映像が流れる。

 

これまで西側のセルジオの死を‟悼む”人々によって語られてきた映画に、唯一アルカイダ側の男が現れる。

 

男によって語られるのは、イラクで起きた爆弾テロは単に国連職員を狙ったものではないこと。その攻撃の最も重要なターゲットは‟犯罪者セルジオ”だったことが明かされる。

 

そして2003819日がやってくる。

 

瓦礫に押しつぶされたセルジオを懸命に救出しようとする軍人たち。外で泣きながら待つフィアンセ。テロを伝えるCNNの映像。そして彼の死を伝えるコフィー・アナン宛の電子メール。

 

あれほど強く温かった人物が、瓦礫の中で生きる力を失っていくさまが克明に語られる。

 

2008年、国連は819日を世界人道デーに制定する。セルジオの死を記念しての事だ。

 

歴史に"たら・れば”は禁物だが、彼が生きていればこの世界はどうなっていたのだろう。

 

15年が経った今では難民・紛争・虐殺のニュースは日常茶飯事で、わたしはすっかり無感覚になっている。

 

でも、きっと、いや必ず、彼なら今日も世界のどこかで人々の言葉に耳を傾け、同僚と共に現場を歩いているのだろう。

 

監督はグレッグ・バーカー。ドキュメンタリー映画を数多く撮っている。この映画でプライムタイム・エミー賞 ノンフィクション番組賞を受賞している。

 

最新作は「The Final Year2017年)」。オバマ政権の外交政策チームとオバマ大統領の任期の最後の一年を描いた作品だそう。

 

原作はピュリッツァー賞の受賞者でもある、サマンサ・パワーの「Chasing the Flame: Sergio Vieira de Mello and the Fight to Save the World」。TEDに登壇した様子は日本語でも視聴できる。

 

余談だが、セルジオと将来を約束したフィアンセは自分の公式サイトを持っている。その中では彼に言及した作品が幾つか紹介されているが、ノーベル文学賞受賞のマリオ・バルガス・リョサの著作「Diary of Iraq2003)」にもセルジオと彼女の会話が登場するそうだ。日本語で読めないのが残念だ。

 

<2019年10月追記>

ガラパゴスの蛙」というブログを始めたきっかけにもなったドキュメンタリー作品。

 長らく動画サイトに投稿された違法動画の形でしか視聴出来なかったのですが、ビッグニュースが飛び込んできました。

 Netflixセルジオ・デメロを題材にしたドラマ制作を決定したとか。

media.netflix.com

 「ナルコス」でエスコバルを演じた俳優 ヴァグネル・モウラがセルジオを演じるとか最高じゃないですか。

 セルジオのドラマを今から大いに期待しつつ待ちたいと思います!

<2020年1月追記>

遂にドラマの予告編が公開されました!!!!

そしてこの記事で紹介したドキュメンタリー『SERGIO』もNetflixで公開されています。

皆様もよろしければ是非に!!!

www.netflix.com