ガラパゴスの蛙

ネットに漂うあれこれ

中国農村Vloggerの源流をたどる:第三回 映画『リトル・フォレスト』と李子柒

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中国農村Vloggerの源流をたどるシリーズの第三回は映画『リトル・フォレスト』と李子柒に注目してみたいと思います。

この一年だけでも日本でも何度かのバズリが起きている李子柒の動画ですが、ネット上には映画『リトル・フォレスト』に似ているという声が数多く見られています。(原作は五十嵐大介による漫画、2012年発売)実はこのような意見は中国国内にも存在しています。「李子柒 小森林」で検索してみると中国の視聴者も同じことを考えているようです。最近では映画と李子柒の動画を比較する人も出始めています。

 こちらは 一般の方の編集です。『リトル・フォレスト』のワンシーンに李子柒のBGMでアレンジを加えたものです。

 今回は画面を通してわかることや過去のインタビュー記事などを参考に共通点を探ってみたいと思います。

 ・少女の面影を残す主人公の本格的な農作業

NHK連続テレビ小説あまちゃん』で大ブレイクした橋本愛は、この連続ドラマの撮影中に『リトル・フォレスト』のオファーを受けたと語っています。この朝ドラが2013年4月から放送されていたことからすると、彼女は当時16、17歳。まだ高校生だったことになります。

登場する農作業は本格的です。ファッションや趣味ではなく日々の糧を得るための農業です。本業の方からすると”あまちゃん”であることは間違いないでしょうが、肉体労働としての農業もちゃんと描いています。

映画公開時のインタビューにこんなくだり見つけました。

「岩手での日々は“撮影”という感じではなく、単に田舎で生活しているという感覚だったのでは?」と尋ねられることも多いそうだが、橋本さんは静かに首を振る。

「むしろ、いわゆる撮影っぽい撮影でした。岩手に通っていると周りからも『家に帰るような感じ?』とか、『リフレッシュに行くような感覚?』と聞かれることが多かったんですが、いやいや『仕事、仕事!』という意識で、自分の中でもいっぱい、いっぱいな部分が多かったですね」。
【インタビュー】橋本愛 全てを捨て、全てを糧に18歳は歩き続ける

 対する李子柒は1990年生まれ。様々なネット記事やインタビュー記事から知られているとおり、2016年春から動画投稿をスタートしています。彼女は当時26歳。年齢だけを見るならば十分に大人の女性ですが、小柄で童顔なこともあり「謎の少女が農作業する動画」という第一印象を受ける方も少なくないようです。

李子柒もまた農村動画の中で様々な肉体労働に挑戦しています。自宅の庭では季節ごとに様々な種類の野菜や果物を育てていますし、主食となる米やトウモロコシは村人ともに収穫している様子が動画の中で描かれています。時には野草や果物を求めて山に分け入っていくこともあります。

少し笑ってしまうのは、映画『リトル・フォレスト』と李子柒が全く同じ批判を受けていることです。映画に対しては「こんなものは本当の田舎暮らしではない。ナメている」という声が少なからず存在しています。(ネットで検索すると出てくる)李子柒に浴びせられるのは更に辛辣な言葉。例えば「彼女の動画は中国の貧困農村を美化し問題の本質を見えないようにしている」等々。もちろんそんなことがあるべきではありませんが、彼女の人を惹きつける美しい外見が逆に反感や嫉妬を掻き立てていることは否めません。

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 ・都会から農村に帰ってきた主人公

映画『リトル・フォレスト』で橋本愛演じるいち子は学校を卒業後は地元の小森を離れていたとされています。しかし街の生活に馴染めずモヤモヤしたものを抱えながら田舎に帰ってきます。原作の漫画の中でも同様の描写がありますが、実際に何が直接的な原因で戻ってくることになったのかは語られません。

李子柒は自身のインタビューやの中で、14歳で学校をドロップアウトした後、実家を離れて都会で働いていたと語っています。バー専属のクラブDJとして活躍していたことも公表しています。そして2014年に彼女が四川省の地元に戻ってきたのは祖母の病気が原因でした。

一旦は地元を離れ、再び帰ってくる。理由はそれぞれ異なります。「農村生まれ農村育ち、おらが村から一歩も出たことがない!」というキャラクターではなく、どこか垢抜けている雰囲気が両者の間に共通しているような気がします。

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 ・両親の不在と二人の仲間

映画と漫画原作ともに『リトル・フォレスト』の主人公いち子には一緒に暮らしている母親がいます。父親の存在には言及されていないことから、母親はシングルマザーで遭ったことが推測されます。その母親もある日突然失踪してしまう。そこからいち子は村で様々なアルバイトをしながら生計を立てていきます。キッコとユウ太という幼馴染の存在も欠かせません。共に食べたり作業をしたりしながら少しずつ成長していく過程が描かれていきます。

李子柒は実の両親を早くに亡くしています。そして継母からの半ば虐待のようないじめを経験したことがきっかけで学校を辞めて地元を離れます。動画の中に登場する肉親は祖母など年長者ばかりです。最初の頃はたった一人で動画制作をしていた(という設定)そうですが、現在ではアシスタントの女性、通称・民国とカメラマンの男性と一緒に活動しています。特に民国は自分の微博アカウントを通して李子柒のオフショットや私生活について積極的に発言して注目を集めています。民国は李子柒を姉として慕っているようですから、単なる同僚というよりは親しい間柄が伝わってきます。

いち子を取り巻く人間関係と李子柒の仲間たち。フィクションかどうかの違いはありますが、映像に登場してくる以上は共通点として見逃せないポイントでしょう。

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 ・完成までのプロセスを見せる料理映像

『リトル・フォレスト』と李子柒の動画作品の一番大きな共通点は何と言っても料理シーンでしょう。農作物の栽培と収穫から始まり淡々と食材の調理が進行していきます。映画のほうは橋本愛のモノローグで調理の過程が説明されていきます。李子柒は主にテロップで料理を解説します。そのスタイルに若干の違いはあるものの、派手な演出がない点は共通しています。見ている人がその過程を見ているだけで食べたくなってしまう料理の数々。もちろん食事シーンのフード描写も優れていますが、プロセスの見せ方(魅せ方)に工夫が見られるような気がします。

映画『リトル・フォレスト』にはフードディレクションとしてeatripの野村友里さんと山本有希子さんが参加されています。野村さんの監督されたドキュメンタリー映画『eatrip』では彼女の食に対する思想やスタンスが色濃く反映されています。こちらも見てみるとおもしろいですよ。

 時系列を整理してみましょう『リトル・フォレスト』の夏編・秋編は2014年8月30日に、冬編・春編が2015年2月14日に日本公開されます。ソフト化されてから中国の動画サイト(合法・違法にかかわらず)に掲載されるようになるでしょうから、この映画がアジア圏に広まり始めたのは2015年1月の『夏編・秋編』DVD発売以降と考えるのが妥当でしょう。翌年の2016年春に李子柒の動画投稿がスタートします。

果たして李子柒が『リトル・フォレスト』の影響を受けているのだろうか。この疑問に対する明確な答えはありません。

しかし中国国内でも類似点を指摘する声が多く存在していることを考えると、全く無関係と断言するのもはばかられます。名作とされる映画ほど無数の古典作品からの引用で構成されていることが往々にしてあります。そう考えると李子柒が参考にした作品の中に『リトル・フォレスト』が含まれているのかも知れません。また見ている人が勝手に両者を結びつけている部分もあるのでしょう。

いつかこの謎が本人の口から語られる日が来たらいいなと思っています。

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 ちなみに本文で言及しませんでしたが韓国版の映画『リトル・フォレスト』(2019年日本公開)もとても良い映画に仕上がっています。設定を上手に韓国の農村に当てはめた物語の展開がとても素晴らしいです。まだご覧になっていない方は是非この機会に手にとってみることをおすすめします。

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